2014年10月03日

◆セミナー 現地を巡るバスツアー

昨年から開催している「矢野再発見セミナー」。今年もすでに前期2回が終わりました。9/28、矢野再発見セミナーの特別編として、セミナーの受講生を対象に現地を巡るバスツアーを開催し、29名の参加者がありました。

今回は、昨年のセミナーから西播磨の開拓に大きな影響のあった秦河勝を祀る大避神社を巡りました。西播磨では千種川流域に30を超える大避神社が点在します。これは他に類を見ません。その中で今回は、相生の那波とともに河勝が入鹿の迫害を逃れて着いたとされる赤穂の坂越の大避神社と中世矢野荘の拠点であった若狭野の大避神社を訪ねました。



坂越の大避神社の鳥居


鳥居をくぐって大避神社へ


階段を上って門の入り口で山口先生のお話


大避神社の紋「矢車紋」


宮司さんから神社や河勝にまつわる説明を受けます
「今日は矢野から兄弟が来てくれた」とおしゃってくださいました


能楽や今年10月12日行われる「坂越の船祭」のお話までしてくださいました


哲学者の梅原猛先生が行った創作能「河勝」


地元企業から奉納


「この神社には聖徳太子も祀られていて、珍しい神社です」


12本の縦長の石で中を組まれた井戸


神社の名物「ヒョンノキ」


梅原先生が詠んだ句の石碑


門と本殿の位置が直線でない
実は奇妙なことにこの門の裏側の左右に仁王像がある
排仏を逃れるため裏に隠したのだという


坂越浦に面した「くいどうらく」で楽しみにしてた昼食です。新鮮な海の幸がいっぱいです
「うわー、お腹いっぱい。もう食べれましぇん」


昼食の後、坂越のまち並みをぶらっと。「旧坂越浦会所」


お殿様がお休みになった部屋


奥藤酒造で試飲


併設された郷土館


中には懐かしい品が展示してありました

このあと、千種川沿いに有年まわりで若狭野の大避神社へ
途中、バスの中で山口先生から木津の大避神社のお話がありました



若狭野の大避神社に着きました
ここでかつて矢野荘の各集落の代表が集まり、
毎月18日に十八日講という寄合を開いて一揆のこととか話し合いが持たれていたんですね


本殿の中へ


奉納された絵がズラリ


四十七士


背景が岩山で、やはりパワーを感じる場所だそうです


灯篭の明かり窓が、太陽と月


猿?の上に船

みなさま、お疲れ様でした





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Posted by 矢野町交流広場 at 17:35│Comments(2)イベント等報告
この記事へのコメント
 毎回色々な話題を楽しく拝見しています。

 梅原猛氏が創作能を行ったのですね。色々な所に出向かれてご活躍をされていますね。思いもよらない解釈と感性で楽しませてくれたのではないでしょうか。

 梅原氏は中学、高校位まで当地でお暮らしになられていたので当地でも数回講演会が開催されました。「仏教、神道、歴史」など幅広い分野を考えも付かないような切り口で分かりやすくお話下さった事を思い出しました。
大変気さくで、とても偉い哲学の先生とは思え無い梅原氏を思い出しました。ただの田舎じじい・・・のような方で始終ニコニコと微笑んでいたような記憶があります。

 梅原氏の生家は残念ながら現在住まう人も無く有志にて草刈や清掃等を行って居ます。
私の家から徒歩15分くらいの所なので草刈作業に数回参加いたしました。

 梅原氏のご紹介、大変嬉しく思います。

これからも楽しく興味深い話題をご紹介下さい。
Posted by 知多の像使い at 2014年10月08日 21:28
知多の象使い さま

いつもブログ見ていただきありがとうございます。

そうですか、梅原先生は、知多の象使いさんの地域出身ですか。
梅原先生は、私は実際にお会いしたことないのですが、哲学の枠を超え、創造的な発想でいろんな分野でお活躍ですね。

梅原先生は、宮司さんによると播州赤穂の坂越の大避神社には、聖徳太子の研究で、それには第一の側近であった秦河勝のことを調べないとということで、河勝が来たといわれる坂越に来られたようです。それで、河勝が祀られている大避神社に創作能を奉納されたようです。

そういえば、かつて播磨は東北と並んで、和辻哲郎と三木清など著名な哲学者や思想家を数多く輩出していて、以前、梅原先生が、東北や他所と比べ播磨の思想家は明るく、播磨の知性は軽快で明晰だと、言われていたのを思い出しました。

Posted by 矢野町交流広場 at 2014年10月10日 11:14
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