2014年12月26日

◆黒蔵村跡にメガソーラー建設計画

矢野町の最北東に位置する、榊と釜出の上、旧黒蔵村跡地に大規模な太陽光発電施設(11Mw☓2基)が建設されるようです。建設範囲は南北が約2km、東西が約1.5kmとかなり大がかりです(下記地図赤線内)。「矢野町ふるさと自立計画」の地域活性化案で考えた釜出から旧黒蔵を通り榊を結ぶ里道復活ハイキングのコースが寸断されます。
(下の地図及び図面参照 画像をクリックすると大きくなります)


        
メガソーラー建設予定地        ソーラーパネル設置平面図


事業者は千葉県の株式会社デベロップという会社で、計画では平成27年7月工事着工、平成29年3月工事完了、5月発電開始予定となっています。

この地は、現在、西播丘陵県立自然公園の中にあり、かつては昭和10年くらいまで実際人が住み、生活が営まれていました。今でもその名残として棚田の石垣がきっちり残っています。

さて、一番大事なことは、そこが矢野町の農業にとって命の水である矢野川の源流であるということです。水がかりに関し、調整池を設け現状の水量を維持する(計算上)といいますが、約56万平方メートルという大規模な開発により自然の状態が変わることは必至で、何らかの影響が出てくることが懸念されます。地域としてきっちりとした対応をとる必要があると思います。

ということで、まずは今、現場がどうなっているか確認するため、15日は釜出の自治会長さんと23日は住民の方と黒蔵村跡地へ釜出から登ってきました。現状リポートです。



釜出の山道から登っていきます


「土砂崩壊防備保安林」の立て看板がありました
こんな木を大規模に伐採しても大丈夫なのか?


砂防ダムがありました


車が通れるように整地されていました


登る途中の所々に石垣を見ることができます


お地蔵さんです。ここから黒蔵村跡(中黒蔵)に入ります
お地蔵さんの右手が壊されていました





昭和40年頃、ここに来られた養豚場の廃屋


車が通れるように木が切られ道幅が拡張されていました


この辺りが太陽光発電施設の東側の真ん中辺りです。石垣が残っています


工事車が入っていました。この辺りに調整池ができます


その先も棚田跡の中を道が突き抜けています


結構、開拓されていますね


石垣が壊されて間に道が








今のところここが突き当り
この先が反対側の警察無線のある自衛隊の道につながるよう


この景色が全部、ソーラーパネルになるのですね


この景色が



今度は枝道に入ってみましょう。ここも整地されています


脇に矢野川の水となる一つの小さな流れがありました


ここは石垣で突き当り


脇にはやはり水の流れが


この自然環境が変わる



15日、釜出の会長さんと、今回の建設からは外れている東黒蔵にも行ってみました


石垣の棚田跡がしっかり残っています


段々といい感じで残っています





せめて東黒蔵の石垣は、
かつての生活の記憶として残しながらも活用できないものだろうか






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この記事へのコメント
 11Mw×2機の太陽光発電設備は広大な敷地面積もさることながら凄いですね。
 56万平方メートルと言うのは私の知識の外にあり想像が出来ませんが当地も現在紡績工場の跡地を利用してメガソーラー発電設備を建設中ですが電力会社の電力の買取制限が法制化されるようで脚光を浴びていたソーラー発電が何だか怪しくなって来ています。

 遊休地、休耕地等を利用した中規模な発電設備が当地にも各所に建設されていますが、突然現れる黒いパネルの群れは見る者としては(個人的には) 心地よい景観とはとても言えません。

 私も太陽光発電に関心があり12年ほど前より定格出力3Kwのソーラーパネルを屋根に載せていますが色々調べていくと世間が言うほどクリーンでエコな物では無いような気がします。

 それにも増して生活環境(水源等)、自然環境、景観等を犠牲にし大きな負荷を掛けてまでして行う価値がある物なのか疑問が残ります。

 今後の展開を少々心配しながら見守らせていただきたいと思います。
自然エネルギーに対し決して否定しているわけでは有りません。

 地域に住まう全ての住民の方々、そして地域出身者の方々が幸せで有る事が一番重要なことだと思います。
Posted by 知多の像使い at 2014年12月27日 19:24
知多の象使い 様

いつも見ていただきありがとうございます。

確かに、農村地域に太陽光発電のパネルは景観的にそぐわないと、ぼくも思います。水車の小水力発電ならね。

景観とは、多分に感性的な領域ですが、成熟社会において経済や効率、発展といった視点とは違い、心の幸福や精神の安定をもたらす文化や芸術といった感性領域に価値を見出す人々が増えてほしいと思います。

今回のメガソーラー建設にしても、地域とは無関係の外の業者が私有地ということで私益のため、私たちの自然と記憶を破壊し大規模開発。雇用とか地域に何らかの恩恵があるのならともかく。何かおかしくないか。そう感じるのも感性です。

法的根拠はないかもしれないけど、地域として企業のCSR(社会的責任・地域貢献)の観点から事業者に主張していこうと考えています。

Posted by 矢野町交流広場 at 2014年12月29日 16:31
先日、釜出から黒蔵を経由して、電波塔まで歩きました。
じつは、この道は、江戸から昭和時代にかけて菖蒲谷村の人々が新宮町上莇原のお寺に参拝するときに通った道なのです。
菖蒲谷村は昭和40年代に廃村になりましたが、山を下りた村人たちはまだ檀家として、今は上莇原のお寺に自動車で相生市矢野町を経由して参拝しています。
江戸時代を偲んで、当時の人々の参拝の経路を体験したのです。
この時、地質調査をしているのを見て、何かあるのかな、と思いましたが、
メガソーラーができることを聞き、かつての参拝道が通れなくなることを思うと、残念です。
Posted by 新宮ランナー at 2015年02月08日 21:06
新宮ランナー 様

コメントありがとうございます。

そうなんです。黒蔵村跡地に大規模な太陽光発電施設の建設が進められています。矢野地域としても影響がないか心配しているところです。その辺、自業者としっかり詰めなければなりません。

そうですね、この地は実際に人々が生きて生活した地なんですよね。その名残が石垣などに残っています。ほんとは後世の人間がこういうことを活かしてしっかり伝えていかなければいけないんでしょうね。

Posted by 矢野町交流広場 at 2015年02月10日 15:19
ここは自然公園内です。条例で開発行為が制限されています。みんなで行政に働きかけましょう。この場所の隣接地に産廃処分場を建設する計画もあるようですよ。夢前での反対運動もあります。一度壊したら戻らない自然環境を守りましょう。
Posted by 憂い人 at 2015年10月04日 19:54
憂い人さま

コメントありがとうございます。憂い人さんは矢野町の方ですか。

私も「自然公園」ということでいろいろ調べたのですが、「自然公園」でもいくつかの規制のランクがあって、ここの自然公園は最もゆるいランクで兵庫県の許可が出れば開発できるようです。

事業者は、自分の私有地でさまざまな法的条件をクリアして開発にこぎつけたようです。私としては県のことで何も権限がないという相生市、地元地域含め何とかならなかったのかという思いです。

憂い人さんがおっしゃるように「一度壊したら戻らない自然環境」です。私自身の考えとして子や孫、未来の人たちにもっとも残すべきものは開発されない自然環境ではないかと思っています。そのことがしいては人類を一番長生きさせるのだと信じるからです。

ですので、そういうことをそ地元自治体や住民が真剣に考え、必要であれば条例などそれを制度化していかなければならないのだろうと思います。まずはそういうところから一歩ずつ進む必要があるのかと。

産廃については、お隣の上郡や赤穂など多くの反対運動が立ち上がっていますね。産廃は、また太陽光と違った側面があるのかと思います。そのときにそれこそ地元がどう動くかです。

Posted by 矢野町交流広場 at 2015年10月05日 21:23
当該地域は自然公園条例の普通地域で、相対的には自然環境や景観に大きな影響を与えない限りにおいては届け出が受理されれば開発できますが、本件の場合、前提条件をクリアしているようには全く思えません。
山を大規模に切盛りしてパネルを並べるのですから、土砂災害も気になるところです。自然エネルギーを否定するつもりはありませんが、自然環境を破壊しての自然エネルギーとはこれいかに・・・。
ちなみに、私は矢野町の住民ではありません。
Posted by 憂い人 at 2015年11月08日 16:55
私は、黒蔵の南側、たつの市揖西町の菖蒲谷の歴史と自然を守るボランティアをしている者です。「菖蒲谷遺跡を守る会」を立ち上げました。かつて、菖蒲谷の人たちは、お寺参りに黒蔵を通って新宮町の上莇原村に通っていたと言われています。お寺の住職も菖蒲谷に法要に出かける時、黒蔵を通っていたと言われています。その黒蔵を数年前にたずね、昔をしのびました。しかし今は道の痕跡さえなくなり、寂しい思いです。私たちは菖蒲谷を守る取り組みをしています。また、ホームページ、フェイスブック、ブログをご覧ください。黒蔵の伝説も聞きたいですね。
Posted by 宮本俊郎 at 2018年04月19日 09:00
私も黒蔵は10回ぐらい歩きました。黒蔵の人が新宮町善定の医者に通った道もありました。写真22枚目の石垣、この石垣で道がなくなっているように見えますが、実は石垣の横を通っている山道があり、それを登ると、二柏野村に出る道があります。重機で道が埋められてしまったのでした、。
二柏野から歩いてくると、その道が残っていました。
それにしても、なんでこんなところにソーラーを作るのでしょう。?
相生市の貴重な歴史遺産が壊滅してしまいました。
でも、釜出から菖蒲谷に至る道は自然遊歩道として残っています。一部傷んできていますが、これはぜひ守り抜きましょう。
Posted by 宮本俊郎 at 2018年04月19日 09:08
宮本俊郎 様

お便り、ありがとうございます。

宮本さんは、お隣の揖西町の方ですか。「菖蒲谷遺跡を保存する会」を立ち上げられて活動されているとのこと。実際にそうやって行動されていること、すばらしいと思います。

宮本さんのお便りを拝見すると、かつては本当に山道を通って村から村へいろんなところとつながっていたのだなと思います。生活道であった山道はかつての村々の交流の証であり、そういう意味でも貴重な歴史遺産とも言えるのでしょうね。それが、所有財産権と開発・発展の名目で簡単に無残にも破壊されていく。残念でなりません。

相生市では、簡単に黒蔵にメガソーラーができ、釜出から黒蔵を通って榊に抜けるルートが無くなってしまいました。ルートが無くなるだけでなく、大雨になると大量の泥が流れ出て矢野川が濁るようです。今、また三濃山にメガソーラー建設の計画があります。

釜出-菖蒲谷ルートは本当に無くしたくないですね。矢野町と揖西町、自治体を超えて交流が生まれれば(復活)、すばらしいことだと思います。遊歩道の矢野町の西端は、上郡の平家の落ち武者伝説のある小野豆につながります。かつての交流(人の行き来)を想像しながら地域の垣根を超えたウォーキングなどできたら素敵でしょうね。

宮本さん達の活動がうまくいくこと願っています。菖蒲谷のウォーキングを計画されている模様、ぜひ参加したいです。(私も一度、釜出の自治会長さんに案内してもらって釜出から菖蒲谷をぐるっとまわったことがあります。今、時期によってヤマヒルがやっかいですね)

Posted by 矢野町交流広場 at 2018年04月19日 18:19
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